(C) Manabu Kikuchi

錆着尺|ヨハニター教会にて(5月中旬まで)

菊池学 きくち まなぶ

音楽|雲龍 うんりゅう



文化服装学院テキスタイルデザイン科卒業後、八王子の織元「みやしん株式会社」に入社。宮本英治氏に師事し、織物のノウハウや繊維についてのあらゆる知識を享受。1988年より現在にいたるまでISSEY MIYAKE MENのテキスタイルデザイナーとして活躍。常に素材開発のため、国内外を問わず各地に出向き、産地の開拓や素材の発掘を行っている。アーティストとしては、錆をテーマにテキスタイルを中心とした様々な作品を創作、自然が持つ力強さやその素晴らしさを思考表現している。

 


 菊池学は、金属を原料として使いながら、その酸化現象で布地を染める「錆染」という技法を独自開発しました。錆を布地に定着させるこの技法は原理的には極めてシンプルである一方、自然物を扱う実際の制作においては予測不可能な条件を数多くはらんでいます。彼は徹底的な実験を繰り返すことによってそれらの要素を一つずつ明らかにしていきます。実作業による試行錯誤のみが、イメージを実現していくための唯一の手段なのです。世界的なファッションブランドで、デザイナーの美意識を満たすテキスタイルを提供し続けてきた職人的な現場主義が、ここで活かされます。

 錆は古代の日本で「神の描いた絵」、中国では「神が施した刺繍」としてとらえられていました。人為的に作られた金属が錆びてゆく様子に、人工物と自然物との距離、すなわち人と神との尊重すべき距離を読み取っていたのです。

 アジアで発生した墨や陶を用いた芸術にも、共通した思想を見ることができます。陶芸は最終工程で「火の神」に全てをゆだねます。墨絵は、墨の飛び散りや滲み方によって生じる色の濃淡をコントロールすることはできません。イメージをかたちにしようとする人間の積極的な努力と、計り知れない自然の作用が融合して生まれる美。掘り下げた思想と手技の積み重ねに「偶然性」が足され、一つの「美」をつくりあげるのです。このように「偶然性」を「美」の完成に取り入れる芸術は、東洋独特の感性、発想と言えます。

 菊池学は「錆着尺」シリーズにおいて、中国の古代宮廷文字「雅体」を、日本の伝統的な装束である「着物」に錆染しました。雅体と着物は、その美を極め、それぞれの文化の象徴として君臨してきた歴史があります。しかし雅体は二千年以上前に滅ぼされ、着物は今、西洋化した日本人の日常生活には適合していません。菊池学は、錆という自然現象の美をもって、この両者を出会わせました。自然から生まれ、自然に還る。潔く運命を受け入れたものたちは、菊池学という案内人によって、新しい美の存在としての生を得ています。