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作品について 王 超鷹 平和とはなにか? 平和の概念は誰もが経験したことのある自然事象の中、素朴な生活哲学の中に存在している様にわたしは思います。 中国の昔話にこんなものがあります。 この男と息子は、果たして幸運なのか不運なのか? 光が存在すれば影が存在し、影が存在すれば光が存在するように、ものごとには常に(同時に)二つの側面が存在しています。 片面だけを見てものごとの全体像を判断すれば、誤解や思い込みが生じます。それはやがて大きな争いに繋がるかもしれません。ものごとの両面を見るよう心がけること、つまり変化してゆく光と影のほんの一瞬の「組み合わせ」を心にとどめておこうとする努力で、人はもっと喜びや幸せを感じることができるはずだとわたしは信じています。 剪紙(切り絵)は、中国の黄土高原地域で最も発展しました。
どの季節でも、黄色い土ばかりが見える殺風景な暮らしにおいて、窓から差し込む光とその光がつくりだす常に変化する影だけが、生活に彩りを与えてくれるものでした。人間はどのような状況にあっても、美に関する意識を失うことはありません。家を守る女性たちはやがて窓に剪紙で装飾をほどこし、室内に差し込む光と、その剪紙の影を家族で楽しむようになります。 剪紙を切って窓に貼付け、お母さんは子供たちにお話をはじめます。やがて時が経つと床におちた影は、花から鳥へ、鳥から猫へ、まるで雲の形が変化してゆくように形を変えてゆきます。窓の隙間から吹き込む風で影が揺れることもあるでしょう。また雲が出てきて影を飲み込むこともあります。日が沈めば、朝日が昇るまで影たちは見えなくなります。
貧しさのため、絵や本などはもちろん、色のついた紙すら存在しない生活の中で、剪紙は娯楽として、また教育としての役割を持っていました。子供たちは剪紙のお話の中で、自然現象や命の尊さ、ものごとの輪廻を学びました。これは複雑な学問でも、特別な宗教でも政治でもない、あたりまえの親から子への愛情です。 親の愛情もまた、込められた想いとは裏腹に、子どもの人生を翻弄してしまうことがあります。しかし、ものごとの「現象」だけに心をとらわれるのではなく、人が人に対して込めた想い、愛情、そしてそれによって起こりうる失望も、全てを見逃さず受容すること。 それこそが 「平和」なのだとわたしは感じています。 今回の個展では、母から子へと語り継がれた物語の大型剪紙 11 点を展示します。日常生活の素朴な美意識から生まれた剪紙に、 人間の願いや希望、欲望を込め、究極の形而上の美意識を追求した雅体の文字を影として重ねることで見えてくる光と影から、「平和について」考える機会になればと思います。 作品紹介 >>
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